保護犬と家族になるということ

保護犬と家族になるということ

2016年5月12日
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「ワンちゃん飼おうか」

いつか犬を家族に迎えたいと思っていた。夫と私と長女、3人家族のわが家は、娘が自分で犬のお世話をできるようになったら犬を飼うことを考えようと、ここ数年話してきた。そして2015年春。8歳の誕生日を前にして、娘が「お誕生日プレゼントはワンちゃんがいい。もう自分でお世話できると思う」と言ってきた。「それじゃあ、ほんとにワンちゃん飼おうか」という夫のひと声で、わが家の犬探しが始まった。

娘が犬を飼いたいという気持ちを強くしたのには、もう1つきっかけがある。さかのぼること半年前、近所にオープンした大型ショッピングモールにペットショップが入ったのだ。入り口からすぐに位置するペットショップの店頭には、生後2カ月ほどの愛くるしい子犬や子猫たちが並んでいる。オープン直後ということもあって、店員さんはさかんに子犬や子猫をケージから出し、抱っこしてみるよう勧めてくる。私と娘も、店を訪れてはガラス越しに子犬たちを夢中で眺め、何度か抱っこさせてもらった。家でも、飼うならどの犬種がいいか、新しく柴犬が入ったよ、と犬の話題が一気に増えた。一度は、ウェルシュコーギーの子犬を本当に飼おうか検討したこともある。

しかし同時に、ペットショップから子犬を迎えることについて、夫と私の中に迷いや疑問も生じた。いちばんは、ペットショップに並ぶ子犬たちのお値段がわが家にとっては高額なこと。もちろん、親犬の成育歴や出産環境、子犬の健康や安全管理にかかる手間とコストを思えば、妥当な金額なのだと思う。とはいえ、わずか生後2カ月で、例えば店頭にいる時にはわからなかった先天性の疾患があったりして、飼って間もなく死んでしまうかもしれない。そんな可能性も考えられる小さな命に、30万円をぽんと払えるか。わが家の家計事情を鑑みると、なかなかに厳しい選択だ。そしてもう1つ。私は子どもの頃に家で柴犬を飼っていた。生後3カ月で迎えた子犬の世話をするのは、楽しいものの、大変だった記憶がある。当時家にあったダイニングテーブルの脚が噛み跡だらけになったことを思い出し、気に入って買ったダイニングセットが傷だらけになるのはイヤだなと思った。

そんなことを考えながら、ゴールデンレトリバーを飼っている知人に「犬を飼おうかと思っている」と相談したところ、「保護犬という選択肢もあるよ」と教えてもらった。そのお宅でも、5歳の保護犬を家に迎えたそうだ。知人いわく、成犬は一緒にいられる時間は短くなるけれど、大人になっている分落ち着いていて飼いやすい、という。確かに、私以外は動物を飼ったことがないわが家にとって、いきなり子犬を飼うよりも、成犬を家族に迎える方がいいかもしれない。そんな風に思うようになり、ネットで「保護犬 里親」と検索してみた。さまざまな保護団体や行政機関が、保護した犬や猫の里親募集、譲渡事業を行っている。里親となる条件やかかる費用もいろいろ。その中で気になったのが、大阪にある「HOGOKEN CAFE」(保護犬カフェ)だった。

「保護犬」という選択

大阪市にある「HOGOKEN CAFE」は、犬猫の殺処分を減らす・ゼロにすることを目指して活動するNPO法人ラブファイブが運営母体となっている。保健所やブリーダー、ペットショップから犬や猫を保護し、獣医による健診やワクチン接種をして、新たな飼い主となる「里親」への橋渡しをしている。HOGOKEN CAFEは、その名の通り保護犬と触れ合えるカフェの形式を取っている。ワンドリンクのオーダーで時間制限はなく、フロアにいる犬を撫でたり抱っこしたりできる。メニューには「犬用おやつ」もあり、犬たちにおやつを振る舞うとたちまち人気者にもなれる。カフェには、犬や猫を飼いたい人はもちろん、家で飼うのは難しいが犬猫が大好きという人も多く訪れ、カフェの収益は犬猫の保護などの活動資金に充てられるという。

学校が春休みに入った3月末、私と娘は初めてHOGOKEN CAFEを訪ねた。店内には、ミニチュアダックスやチワワなどの小型犬が10頭ほど、自由に歩き回っては、お客さんの膝に乗ったり、犬同士じゃれ合ったりしている。壁には、フロアにいる犬たちの写真と名前、保護の経緯や健康状況をまとめたプロフィールが貼られている。フロアに出るのは小型で人懐こい犬を選んでいるようで、子どもを連れていても怖いと感じることはなく、娘も楽しそうに犬たちと触れ合っている。

プロフィールを見ていて気になったのが、犬の性別だった。9割ほどがメス。年齢は6歳くらいが多い。保護犬といえば、育てられなかった子犬や飼育放棄された老犬のイメージが強かったので、お店の人に尋ねてみると、HOGOKEN CAFEにはブリーダーから保護された「引退繁殖犬」が多いとのことだった(これはタイミングによるもので、保健所やペットショップからの保護もしている)。

繁殖犬というのは、つまりは「売り物の子犬を産む犬」だ。ということは、私と娘がペットショップで「かわいい!かわいい!」と撫でていたあの子犬たちを産んだお母さん犬が、お役御免となって、ここにいるということか。無邪気にフロアを走り回る犬たちを見て、私は複雑な思いを抱いた。イヌとヒトの違いはあれども、望まぬ妊娠と出産を繰り返し、生殖能力が落ちたからと用無しになってしまうのは、何とも切ない。しかもここにいる繁殖犬たちは、生まれてからずっとブリーダーのもとで暮らし、「飼い犬」の経験がないのだという。ひと口にブリーダーといっても、営利だけを追い劣悪な環境で犬を飼育する人から、飼い犬として愛情を注ぎながら丁寧に繁殖する人もいるだろう。ここにいる犬たちだって、全てが不幸な過去を背負っているとは限らない。それでも、「一度も人に飼われたことがない」「家族を知らない」という言葉が心に残った。この中の1頭だけでも連れて帰れれば、家族や飼い主の良さを知り幸せに暮らす犬が増えるし、犬の命を救うことにもなるのだ。「飼うなら、わが家は保護犬にしよう」、心が決まった。

カフェの問題犬「トロロン」

壁に貼られた犬たちのプロフィールの中に、注意書きとともに、少し離れた位置に貼られたものが1枚あるのに気付いた。ミニチュアダックスの「トロロン」。2009年生まれのメス、ブリーダーから保護とあるので、やはり元繁殖犬のようだ。注意書きには「人見知りで吠えてしまいます。無理に触ったり抱っこすると嫌がってしまうのでご注意ください」とある。さっきから、扉が開いてお客さんが来るたびに、駆け寄っては激しく吠える犬が1頭だけいる。どうも、この犬がトロロンらしい。注意して見ていると、このトロロン、お客さんが近寄ると逃げる。触ろうとすると、威嚇する。「やはり心に傷を負っているのかな、こういう犬は里親が見つかりにくいんだろうな」と思う。でも、「売り物の子犬」を産んでいただけあって、顔はとてもかわいいし容姿端麗だ。誰かいい人見つかるといいなぁと思いながらも、わが家に迎えるのは難しいだろうと、わが家の飼い犬候補からは除外していた。

トロロン

ところが、である。よりによって、娘がこのトロロンにご執心になってしまった。何とかしてトロロンと仲良くなろうとする娘に対して、トロロンは素っ気なく逃げていく。実はこの時、私は別のミニチュアダックスに夢中になっていた。同じく元繁殖犬の「ポテコ」だ。ポテコはトロロンとは対照的に、穏やかでおとなしい性格。娘や夫にもすぐに懐きそうだし、吠えることもなさそうだ。保護犬の里親になるのは、先着順。気に入った犬がいたら早く決断しないと、他の人に決まってしまうこともある。私は「飼うならポテコかな」と思いつつ、明日は夫も休みだから、一緒にカフェに来てもらってポテコを見せようなどと思いを巡らせていた。

カフェにきて2時間以上経っただろうか。「そろそろ帰ろうか。気になったワンちゃんいた?」と娘に声をかける。娘は、ある犬の前でしゃがみ込んで、声を上げて泣いていた。相手の犬は、トロロン。「噛まれたの?」と尋ねると、娘はしゃくり上げながら「トロロンと・・・・・・仲良くなりたい・・・・・・」と言う。スタッフの方は困り顔で娘に謝りつつ、「トロロン、こんなに好きになってくれる子がいるのに、なんでそんなんやねん。もうこんな子現れへんかもしれへんよ」とトロロンに声をかけている。もちろん、当のトロロンはどこ吹く風。泣き止まない娘を「お父さんと一緒にまた来ようね、トロロンにまた明日会いに来よう」となだめながら、店を後にした。帰り際、トロロンは人見知りが災いしてなかなか里親が見つからずカフェの在籍暦が長いこと、初めて飼う犬としては性格面において困難が予想されること、とはいえ、健康面ではトラブルや懸念事項がなく、一度慣れたら際限なく甘えてくるかわいさがあることを、カフェの店長である笹井さんが耳打ちしてくれた。笹井さんも入店当初はトロロンに手を焼いたそうだが、今のトロロンは、笹井さんには全幅の信頼を置いている。人見知りではあるが、人が嫌いではなさそうだ。とはいえこの時点でも、私の心はポテコ一択だった。「どうやって娘を説得するか」ばかり考えながら、駅までの道を歩いた。

「あの子じゃなきゃダメなの」

帰り道、私はずっとポテコを推し続けた。しかし娘は「トロロンがいい」と譲らない。娘いわく。「ポテコちゃんはとてもかわいいし家にいたらいいなとも思う。でも、ポテコちゃんは他のお家でかわいがられて、幸せになってほしいと思う犬なの」。そして「トロロンが他のお家に行ってしまうのは絶対にイヤ。あの子じゃなきゃダメなの」と言う。娘の本気を悟った私は、これ以上ポテコを推すことを諦めて、ここまでの経緯と、お店で撮らせてもらったトロロンの写真を夫にメールで送った。ほどなくして夫から「確かにかわいい犬だね。娘は本気のようだし、明日みんなでもう一度カフェに行こう」と返信があった。

翌日、家族3人でHOGOKEN CAFEに向かった。お店には、娘がトロロンを気に入っており、里親になるかどうかの決断をしたい旨を伝えてあった。店に入ると、昨日と同じく真っ先に駆け寄ってきて吠えまくるトロロン。しかもトロロンは成人男性が大の苦手ということで、夫はとりわけ激しく吠えられた。それでも、娘の決心は固く、どうしてもトロロンを飼いたいと言う。夫もトロロンのかわいさと娘の気持ちを汲んで、トロロンを家族に迎えるべく、正式に譲渡契約を結んだ。犬を迎えるのは明日。わが家は、保護犬トロロンの里親になった。

手続きの最後に「犬の名前を決めておいてください」と言われ、帰宅後に家族会議となった。慣れ親しんだトロロンのままでいこうかとも思ったが、気分一新して私たち家族と生活してほしいという願いもあった。音の響きが似ていたら、混乱せずに早く慣れてくれるだろうかと、新しい名前は「コロン」に決めた。

トロロン、涙の卒業式

「新しい名前はコロンだよ。コロン、家に帰ろうね」
オドオドした表情のトロロン。書類上飼い主になったといえども、まだ抱っこはさせてくれない。トロロンと相思相愛の笹井さんが、トロロンを抱き上げ、私の腕の中に渡してくれる。HOGOKEN CAFEでは、保護犬が里親のもとへ「卒業」していくときに、里親と犬の記念撮影をしており、その写真は店内に飾られている。写真の数は、カフェがつないだ幸せの数であり、救った命の数なのだ。私たち家族とトロロンを前にカメラを構えて「はい、笑ってくださーい」と言った笹井さんが、シャッターを押さずにファインダーから目をそらしてしまった。メガネを外し、シャツの腕で目をゴシゴシしている。「こんなんなる気がしてたんですよ・・・・・・泣かんとこと思ってたのに・・・・・・」。笹井さんの涙は止まらない。私よりだいぶ年下とはいえ、大人の男性がこんなに泣くか、というほどの号泣ぶりだった。人に心を開かずなかなか里親が決まらなかったトロロンのことを、笹井さんはどれだけ心配し、たくさんの愛情を注いできたのだろう。「大切に飼います」私も涙をぬぐいながら、笹井さんに声をかけた。

トロロン2

トロロンと仲良くなりたいと泣いた娘、そして、トロロンのこれまでとこれからを思って泣いてくれた笹井さん。「保護犬の命を救いたい」といった特別な思い入れはなかったわが家だが、縁あって保護犬を迎えることになった。実は、コロンが家に来てから「家族」といえるようになるまでは、いくつかの大変なプロセスがあり、今もそのプロセスは続いている(具体的には、夫はいまだにコロンを抱っこできない)。いつか、このプロセスについても、ご紹介できたらと思っている。ともあれ、コロンは私たちの大切な家族だし、世界一かわいい犬だし、1日でも長く一緒にいたい。犬との暮らしは、楽しい。コロンは、私たちにとってかけがえのない存在だ。それは、コロンがペットショップで売られていた子犬でも、保護犬であっても、変わることはなかっただろうと思う。

私たちと家族になって、コロンが幸せだと思っていることを願っている。

コロン、わが家に来てくれて、ありがとう。

協力

HOGOKEN CAFE
http://www.hogokencafe.com/

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