「2位じゃだめなんですか」から6年、日本の、そして世界のスーパーコンピュータは何を解決するのか

「2位じゃだめなんですか」から6年、日本の、そして世界のスーパーコンピュータは何を解決するのか

2015年12月8日
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「2位じゃだめなんですか」から早や6年

スーパーコンピューターがこの世に出てから40年。日本のスーパーコンピューターの代表的存在ともいえる「京(けい)」は、文部科学省の推進のもと、理化学研究所と富士通が共同で研究を進めてきた。スーパーコンピューターといえば、2009年11月のいわゆる「事業仕分け」を思い浮かべる人も多いだろう。事業仕分けの際、2010年度約270億円の京開発予算は凍結の方向性が決まった。しかし各方面からこの決定に対して批判の声が上がり、結局は規模を縮小して予算復活、プロジェクトは存亡の危機を免れている。

この2年後、20011年11月には、世界のスーパーコンピューター性能ランキング「TOP500」において、京は1位を獲得。さまざまな波乱を乗り越え、栄誉を獲得した。その後2012年7月、京は開発費総額1120億円をかけて完成し、同年9月に供用開始。さらに2014年、2015年にはビッグデータの処理能力ランキングである「Graph500」で1位を獲得している。

「なぜ2位じゃだめなんですか」の衝撃から6年、完成から3年を経過して、京は今また過渡期を迎えている。その背景の1つが電力問題。京の運用には、一般家庭3万世帯分に匹敵する電力が必要だという。しかし、関西電力では、近年数回に渡り料金値上げを行っており、京を運営する計算科学研究機構には、大きな打撃となっている。一方で、計算科学研究機構の母体である理化学研究所は、STAP細胞の不正問題の影響で今年度の運営費交付金が削減。節約や節電にも限度があり、この状態が続くと京の稼働を制限せざるをえない状況も起こりうる。

スーパーコンピューター新時代。速度から省エネへ

岐路に立つ京だが、スーパーコンピューターの未来を悲観する必要はなさそうだ。スーパーコンピューターの稼働に莫大な電力が必要で、なおかつ性能が上がるほど電力消費量も増えていくという課題に対して、世界の研究者たちは既に立ち向かっている。スーパーコンピューターの世界は今、計算速度もさることながら、省エネで性能を評価する時代に移行している。

その一例として、スーパーコンピューターの性能評価の代表格「TOP500」に代わり、最近では消費電力性能部門として2007年にスタートした「Green500」がより重視されるようになってきているという。この「Green500」で2015年8月1日、日本のスーパーコンピューター「菖蒲(Shoubu、しょうぶ)」が初めて1位を獲得した。菖蒲は、理化学研究所と国内ベンチャー企業が共同で設置、処理能力は京の5分の1だが、消費電力は京の250分の1という驚異的な省エネ性能をもっている。

さらに、菖蒲を開発したベンチャー企業、PEZYグループ(東京)は、2015年8月の「Green500」において、1位から3位を独占するという快挙も成し遂げている。1位の菖蒲に続き、2位は高エネルギー加速器研究機構(KEK)に設置の「青睡蓮(Suiren Blue、あおすいれん)」、3位も同じくKEKに設置された「睡蓮(Suiren、すいれん)」。この3台を手掛けたPEZYグループは、メニーコアプロセッサ(多数のプロセッサコアを1つのチップに集積したマイクロプロセッサのこと)を開発するPEZY Computing、液浸冷却装置を手掛けるExaScaler、3次元積層メモリを開発するウルトラメモリの3社から成り、ほぼ全ての技術をゼロから独自開発しているという。PEZYグループでは、京と同様に、部品の大半を国内から調達しており、純国産のスーパーコンピューターを開発する企業グループなのである。

今回の睡蓮の1位獲得は、日本にとって初であると同時に、ベンチャー企業が開発したスーパーコンピューターでは、世界初の快挙とのこと。京に象徴されてきた日本の知と技術が、日本のベンチャー企業によって未来につながっていくのは、喜ばしく胸が躍る思いである。

2020年に向けたキーワード、エクサスケールコンピューティング

省エネに注目が集まる一方で、やはりスーパーコンピューターの本分である処理能力の進化なくして、未来は語れない。スーパーコンピューターのさらなる性能向上を期して、日本をはじめ各国が既に開発に着手しているのが、エクサスケールスーパーコンピューターである。エクサとは10の18乗のことで、エクサスケールは、1秒間に100京回の計算が可能になるという意味。京の計算回数が毎秒1京回なので、単純計算で京の100倍速いスーパーコンピューターということになる(実際の計算速度は60~80倍と見込まれている)。

日本では、2014年度から文部科学省のプロジェクトとして始動、理化学研究所で研究がスタートしている。プロジェクト名は「FLAGSHIP2020 Project(フラッグシップ2020プロジェクト)」。わが国のフラッグシップシステムとして、主要な社会的・科学的課題の要求に応えることを目的とし、京の後継機である「ポスト京」を開発、2020年度運用開始を目指している。

なお、アメリカ、EU、中国などもエクサスケールシステムの開発目標を2020年においている。2020年に向けて、東京オリンピックだけでなく、エクサスケールコンピューティングにも注目していきたい。

その先の未来へ

そして、既に世界では、エクサスケールコンピューティングの先を見越したコンピューター開発競争が始まっている。「量子コンピューター」だ。量子コンピューターとは、量子力学の原理を情報処理に応用し、極微細な素粒子の世界で見られる状態の重ね合わせを利用して、超並列的に計算を実行するコンピューターのこと。量子コンピューターのポイントは「状態の重ね合わせ」で、これにより同時に2つ以上の状態が保持でき、それをコンピューターに応用することで、複数の状態それぞれにつき計算可能になるという。正直なところ、素人には難解な概念だが、とにかく飛躍的に高い性能が期待でき、未来を担いうるコンピューターとして、研究が進んでいる。

量子コンピューターの世界では、普段私たちが使っているコンピューターはその計算概念の違いからなんと「古典コンピューター」と呼ばれている。この言葉からも技術の革新性がうかがえるというものだ。

量子コンピューターに関しては、2013年5月にGoogleとNASAのエイムズ研究所が共同で「Quantum Artificial Intelligence Lab(量子人工知能研究所)」を設立している。Googleは機械学習を進展させる可能性を量子コンピューティングに見出し、研究に乗り出した。既に機械学習のための量子アルゴリズムをいくつか開発しているという。天文学的な時間が必要といわれる機械学習。今後のビジネスに欠かせない機械学習システムの開発に、量子コンピューターの存在は欠かせないとのGoogleの判断だろう。

なお、機械学習分野では、Googleは2015年11月に人工知能(AI)エンジン「TensorFlow」をオープンソース化。機械学習分野の開発を加速することが目的、としている。またAmazonも、2015年6月に同社の機械学習システムをオープンソース化している。

スーパーコンピューターが解決しうる未来

スーパーコンピューターのこれまでとこれからを見てきたが、最後に、スーパーコンピューターの存在意義をおさらいしておきたい。コンピューターの進化の過程には、例えば機械学習の運用におけるトライアンドエラーがあったり、セキュリティやプライバシーの問題があったりと、果たして私たちの幸せに寄与するのだろうか?と疑問や不安を感じることがある。この先、スーパーコンピューターの進化は、私たちの未来を明るく照らすのだろうか。

世界各国がスーパーコンピューターの開発を競う背景には、技術力のアピールや軍事目的、国家レベルでのセキュリティ問題への対処といった側面がある。ともあれ、日々を生きる私たちにとってより身近な課題として、理化学研究所がポスト京で取り組む重点項目が、当てはまりそうである。

その内容は、大きく「健康・防災・環境・エネルギー・産業・基礎研究」に分かれる。具体的には、「健康社会の実現」として、革新的創薬基盤の構築、個別化予防医療の実現。「防災・環境問題」として、地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築、観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化。「エネルギー問題」として革新的クリーンエネルギーシステムの実用化など。その他に、宇宙の基本法則と進化の解明や産業競争力の強化といったテーマが掲げられている。まさに今私たちを取り巻く課題であり、これらの解決なくしては、明るい未来に思いをはせることは難しいだろう。

今や私たちの暮らしに欠くことのできない情報技術。技術の進歩をもってしてもなお、いまだ世界には様々な問題が山積し、技術が進歩したがゆえに生まれた課題もある。それでも、次世代のスーパーコンピューターが切り拓く未来は、希望あるものであってほしい。かのドラッカーの言葉にも「The best way to predict your future is to create it.(未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ)」とある。明るい未来を創るため、スーパーコンピューターの進化に期待したい。

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