普通のOLが女将を目指すーAirbnb時代の女将像—

普通のOLが女将を目指すーAirbnb時代の女将像—

2015年12月7日
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空き部屋を貸したい人が気軽に民泊を運営できるサービス、Airbnb(エアビーアンドビー)が台頭してから宿の選択肢が広がった。日本はこれからオリンピックに向けて、ますます海外からの旅行客が増えると言われており、宿泊施設の需要は高まっている。Airbnbは、副業としての注目も高まっている。需要と仕組みが整った今は、誰もが気軽に宿のオーナーになれる時代なのかもしれない。

 そんな中、ある女性が「わたし、女将になります」と宣言し、突然会社を辞めた。古い商店をリノベーションして作る『旅館』で、女将をするという。副業ではなく、本業として、旅館業法の中で運営していくという形をとった。

 社会人としてキャリアを積みながら、休日は地域活動に従事するいたって普通のOL。キャリアを捨てずに、宿を運営することもできる今、彼女はなぜ女将のプロを目指すのか。女将修行のまっ最中の彼女に話を聞いた。

江本 珠理(えもと じゅり)
25歳
兵庫県尼崎市出身。立命館大学国際関係学部卒業後、メーカーに就職。転勤で引っ越した東京都豊島区にて地域活動に従事し始め、この町に新しくできる旅館「シーナと一平」の女将になる事を決める。

女子寮に暮らす、普通のOL。

江本さんは兵庫県尼崎市出身の普通のOLだった。地元の高校を進学後、大学は京都の立命館大学に進学し。勉強の傍ら、東北の支援活動に取り組んだ。その後、太陽光関係の会社に就職し、転勤で初めて上京する。東京で最初に住むことになったのは、会社の女子寮だった。しかし、女子寮での暮らしは合わなかったという。

地域活動との出会い

江本さんは、上京するにあたって頼りにしていた人がいる。学生時代、東北のボランティア活動を通じて知り合った先輩で、現在は豊島区を中心にまちづくりに関わる仕事をしている人だ。彼女にとっては、職場でも学校でもない、人生のメンターのような存在だ。その先輩が、悩む彼女の話を聞いてこう言った。「えも、豊島区においでよ。」

まちに根ざして暮らすこと

江本さんは、先輩の誘いを受け、池袋駅から数駅離れた場所に住むことになった。平日は今まで通り普通に仕事をしていたが、週末の過ごし方はまちに根ざしたものになっていた。まちのカフェをめぐり、マルシェの手伝いや、先輩の主催するイベントなどの運営にもスタッフとして積極的に参加した。いつの間にか知っている顔が増え、挨拶をする人が増えていった。平日も仕事を終えてから、地域活動に参加することが増え、江本さんの生活の中で、地域というものがどんどん大きくなっていった。

椎名町のとんかつ屋を、小さな旅館にリノベーション。

豊島区で暮らし始めてしばらくしたある日、こんな話を持ちかけられた「椎名町で新しくカフェと旅館をやるんだけど、一緒にやらない?」。

それは豊島区に暮らす中で仲良くなった、知人からの誘いだった。江本さんは以前、リノベーションスクールという、空き家を活用したビジネスプランを考えるプログラムに参加したことがある。その時、別のグループがビジネスプランとして組み立てていたのが、この椎名町の旅館だった。池袋まで徒歩圏内で、下町情緒を残す椎名町は、実は海外からの観光客が多い。旅行サイト、日本を訪れた外国人旅行者に聞いた「人気の宿泊施設ランキング」で高級ホテルと並び4位に並んだ宿も椎名町にある。運営メンバーに誘われた江本さんは、しばらく悩んだという。もちろん、江本さんを豊島区に呼んでくれた先輩にも相談をした。いつも「やっちゃえよ!」という先輩が、今回は「えも、ちゃんと悩めよ。」と言ったという。悩んだ挙句、江本さんは勤めている会社を辞めた。

photo by Atushi Fuji

江本さんと運営会社「株式会社シーナタウン」のメンバー photo by Atushi Fuji

女将を目指す。

女将になると宣言してから、周囲からの反応は大きかった。よくも悪くも、女将というキャッチーな言葉が、一人歩きしているような気がしたとも言う。しかし、江本さんには、明確な女将のモデルがいる。それは、江本さんが月に一度イベントを手伝っているシェアオフィスの管理人の女性だ。そのシェアオフィスのオーナーが彼女のことを女将と呼ぶという。「シェアオフィスに女性がひとりどっしりと構えていて、いろいろと立ち回ってくれるだけで、場が安心する。彼女はまさに女将だ。」そんな話を聞き、江本さんはこれこそ私が求められている役割だと思ったという。女将として、与えられた場の中、女性らしい気配りや、世話焼きや、どっしり構えてそこにいること。江本さんの中で女将という言葉が一番しっくりきたという。

ユニークな女将修行、いろいろな人に話を聞き、いろいろな想像をして怯える。

江本さんの女将修行はシンプルだ。将来やりたいことを今やっている先輩の話を、徹底して聞く。気になる旅館があれば日本全国宿泊しに行き、話を聞く。まちづくりに関わる人に話を聞く。ただひたすら話を聞く。江本さんが必ず聞くことは「どんな嫌なことがあったか」ということだという。江本さんは自分のことを、『ポジティブな意見に疑問を持たずについていけるタイプではなく、ネガティブな意見に後ろ髪を引かれるタイプ』と分析している。それは好転的に考えれば、否定的な意見を無視せずに、自らトラブルの種を処理しにいけるということにもつながる。うまく処理できるかはわからないけれど、日々最悪のケースを妄想していると、笑って話す。

理想の宿。

女将として宿を切り盛りするにあたって、理想としている宿はないか聞いてみた。江本さんには、忘れられない宿があるという。それはトルコで宿泊した旅館だ。今思い出すと、お世辞にも綺麗とは言えない建物だったが、なぜかそこの思い出は、良い思い出しかないという。フレンドリーで、名前を覚えて声をかけてくれるレセプションのお兄さん、シンプルだけれど美味しい朝食。いい宿の条件は設備だけではないと江本さんは言う。そしてもうひとつ、江本さんが何度も口に出すフレーズがあった。それは「地元の人との関係をしっかり築きたい」ということだ。海外の人に好まれるのももちろん大切。だけど、その真ん中でしっかり地域の人と旅行者の橋渡しをしていきたいと話す。遠くから日本に来る人にとっては、その経験が日本の印象の全てになる。だからその思い出を良いものにしなければいけない。女将修行や、今までの振り返りを経て、彼女なりにホスピタリティの本質をみつけたんだろう。未来の宿について語る口調はとても力強い。

時代の女将像

東京の宿泊施設はすでに足りておらず、Airbnbはますます増えるのではないかと言われている。増えるニーズに対処するという面で、Airbnbは必要なサービスであることに疑いはない。一方で、旅行者が近隣住民とトラブルを起こすなどのニュースも目にするようになってきた。誰でも気軽に始めることができる、鍵を渡すだけというシンプルなサービスの中に、もう一歩踏み込んだコミュニケーションがあれば未然に防げるトラブルもあるのではないかと思う。そんな中「地元の人との関係をしっかり築きたい」と、あえて旅館という形にこだわり、女将を目指す江本さんの言葉に、大きくうなずいている自分がいた。オリンピックに向け、海外からの旅行者が増える日本。「江本さんのような女将がいる宿は、強そうだね!」と話したところ「また女将でもないんですけどね(笑)がんばります」と茶目っ気のある笑顔で返された。

 シーナと一平

「シーナと一平」は、西武池袋線椎名町駅より徒歩3分ほど歩いた場所にあります。
空き家だったとんかつ屋「とんかつ一平」をミシンカフェと旅館に。2016年1月末オープン予定。12月現在は絶賛解体中!

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