1%の成功は、99%の失敗によって支えられている。失敗シェアイベント”FuckUpNights”とは?

1%の成功は、99%の失敗によって支えられている。失敗シェアイベント”FuckUpNights”とは?

2015年8月21日
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“私のやった仕事で本当に成功したのは、全体のわずか1%にすぎない。99%は失敗の連続であった。”

これは本田技研工業の創業者、”本田宗一郎”の言葉だ。

そして、この名言には続きとして、“開拓者精神によって自ら新しい世界に挑み、失敗、反省、勇気という3つの道具を繰り返して使うことによってのみ、最後の成功という結果に達することができると私は信じています。”という一節がある。

失敗は怖い。

その1度の失敗で、すべてを失ってしまうことだってある。しかし、失敗なくして、今の文明は存在しなかったことを考えれば、我々人間の歴史は、その失敗の上にこそ立ち、そして支えられているのだと言える。

“誰かの成功譚は、あなたの成功譚ではない”

昨今、「どうやって成功したのか?」という成功術が書かれた記事をネット上でよく見かける。そして、とある著名な経営者や投資家が書いた「成功するためには必携!」と言われる類の本が、本屋のベストセラー棚にズラッと並んでいる。 「あなたが成功するための◯つの◯◯」といったキャッチコピーは、誰しもが知りたいと思っている成功への近道をイメージさせるには十分なとっかかりではあるが、この本や記事を見た読者の中で、実際に「自分が想像する成功」を手にした人たちは何人いるのだろうか。

勿論、こういった記事や本の中には成功するためのヒントになる様なことが山ほど書いてあるだろうし、今まさに自分がアクションを起こしている物事に対してポジティブな未来を連れてくるキッカケになったりする可能性はあるだろう。

しかし、この人生という物語の主人公はあくまで自分自身だ。

能力、環境、社会的立場、強みなどすべてが自分と違う人たちと同じことをしても、同じ結果がやってくるとは限らないし、同じことができるかもわからない。つまり、その可能性の高低すら曖昧なのだ。「毎日の過程の中でトライアンドエラーを繰り返し行いながら積み上げていき、その結果成功した」、という個人的なストーリーの中で得た「成功の方程式・公式」の内容は個人的にはマッチングするが、複数人に対してマッチングするものではないだろう。

しかし、何かを必死に成し遂げようとする姿勢や、その成功者のカリスマ性に魅了され、彼らが語る言葉・ストーリーにある種の共感と期待を胸に、読者たちはそういった記事や本から自分にマッチングする可能性のある成功のヒントを導き出そうとしている。ただの成功話ではなく、その身の上話や苦労話こそ、読者がそういった記事や本を読むにあたって重要視しているトピックだと言えるのではないだろうか。

はじめにも記載した” 私のやった仕事で本当に成功したのは、全体のわずか1%にすぎない。99%は失敗の連続であった。”という本田氏のあまりにも有名な言葉を見て、「あの本田宗一郎も失敗するんだな」と思った人も多いだろう。その”1%の成功”をフォーカスして「こういう公式があるんだよ」と語られる内容も成功を手にするひとつのヒントには成りうるが、”99%の失敗”について細かく語られる方が、自分にとってマッチングする部分が見つかる可能性は高い。

つまり、こういった記事や本を読んでいる読者たちに限らず、今なにかを成し遂げようとしている人たちが知りたいと考えているポイントは、「どう成功したのか?」=「成功に至るまでに起きた失敗をどう乗り越えたのか?」という、リアリティのある共感が得られ、自分に直接投影することができる「体験の詳細」にあるのではないだろうか。

そういった思考のもと、成功体験ではなく、失敗体験にフォーカスし、失敗から得られた学びをシェアするというアクションが国内で活発になってきていることをみなさんはご存知だろうか。

“1%の成功は、99%の失敗によって支えられている。”

前述した通り、昨今、成功体験のシェアではなく、失敗体験をシェアするアクションが活発になってきている。

ImpactHUBTokyoで行われている、 ”FuckUpNights” がその代表的な”失敗シェアイベント”のひとつだ。日本だけでなく、他国の都市にあるImpactHUBでも同様にこのイベントは開催され、「Failure sucks, but instructs.」の精神で、数ある失敗話を笑い飛ばしながらも学びのキッカケとしてシェアが行われている。

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ImpactHUBTokyoのホスト、アライアンスマネージャーのセバスチャン・デフイ氏が進行を務めるFuckUp Nights Tokyoは、日本国内では2回程開催されている。Vol.2ではImpactHUBTokyo co-founderの槌屋氏をはじめとし、Goldrush Computing founderの水鳥氏、Paradigm Shifters co-founderのAdi Breuer(アディ・ブロイヤー)氏の3人が各々の失敗談を語った。

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登壇者一人目の槌屋氏は海外に滞在していた際、日本にはインパクトを作り出す人たちが集まりシェアする場がないことを身をもって感じたことから、すぐ帰国してアクションを起こそうとしたがなかなかうまくいかなかったそうだ。

* 槌屋氏の活動内容については「【SOCAP15 キックオフイベントレポート(前編)】東京目黒にあるImpact HUB Tokyoはアントレプレナー達の出会いの場」参照

槌屋氏 「当時、日本のメディアが”グローバルな何か”に反応してくれましたが、そこにはメディアからの勝手な誤解があり、「コワーキング界のスターバックスが上陸」と記載されてしまいました。これらはまったく私たちが築き上げようとしているコミュニティとは関係のない情報で、印象をがらっと変えてしまうもので、メディアの扱いには苦しみました。その最中に友達として4人のコファウンダー(共同設立者)に巡り会えたけれども、事業スピード、英語でのグローバルネットワークとの交渉、資金調達、オペレーションの厳しさに付いてこれず、次第に離脱してしまいました。設立後、人の問題がうまくいかなかったことは大きく響き、私は自分に給与を支払いませんでしたから、私の個人的なキャッシュがほぼ底をついてしまうことになり…当時は完全に途方にくれましたね。その当時、私は友達と一緒に創業者として事業を始める際に、考えなければならないリスクについてきちんと把握できていませんでした。今ならわかることですが・・・。一緒に事業を立ち上げてくれるという良い友人に巡り合ったことだけが頭の中でフォーカスされてしまい、実は、仕事の負荷は公平でなく、私が全てを引っ張る状態になっていて、私以外の人は本気でこれから始まることに対して覚悟ができていなかったことに、気付いていなかったのです。」

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登壇者二人目の水鳥氏は、2009年にSony Ericsonを退社し300万円の資本金を元手に起業。しかし、2010年の残高は19,000円くらいしか残らなかったと当時の銀行通帳の履歴を来場者に見せるなど、あまりにリアリティのある失敗談を展開したため、来場者からは矢の様に質問が飛ばされた。

来場者 「当時沢山お金を使っていたみたいですが、会社は儲かっていたのですか?」

水鳥氏(以下、水鳥) 「最初の2〜3ヶ月は無収入でした。iOSアプリの開発知識がなかったので勉強に時間がかかりましたし、苦労して最初につくったアプリの収益は月2〜3万円くらいしかありませんでした。当時はお金もないのにオフィスを持っていましたが、Impact HUB Tokyoの様なコワーキングスペースを有効的に活用したほうがコスト的にも様々な観点から見て、絶対に効率的です。そして、かっこいい家具を買ったり、オシャレな観葉植物を買ったり、凄く高い会社の印鑑を買ったりするのも、当然お金のない中でやるべきことではありません。」

来場者 「儲かっていなかったときに、奥さんは何も言わなかったのですか?」

水鳥 「日本では通常、妻が家計を握りますが、我が家では自分が握っていたので大丈夫でした(笑。その妻が妊娠してからは育児に専念する様になり、会社でオフィスを借りるのもやめました。300万あった資本金がたったの19,000円しか残らなかったのですから当たり前の決断ですよね。しかし、当時一緒にやっていた仲間にはとても迷惑をかけてしまいました。なかなか自分でも気持ちの整理がつかず、彼らには4〜5ヶ月たつまで謝罪できずにいました。」

来場者 「その後、会社はどうなったのですか?」

水鳥 「資本金がゼロになってかはオフィスを解約し、4〜5ヶ月は自分の貯蓄からお金をだして会社を続けていました。仲間とはカフェで打ち合わせをしたり一緒にプログラムを書いていました。しばらくしてNPOを運営していた友人からアプリ開発の依頼が来たのですが、それが大きなキッカケとなりましたね。その後、継続的に案件が入るようになり、1〜2年かけて徐々に業績を回復させていきました。」

来場者 「あなたにとって”良い人材”をみつける方法は?」

水鳥 「それはまた別のFuckupストーリーでお話できたらいいですね。」

 

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登壇者3人目はAdi氏。貫禄あるその姿から失敗の二文字は全く感じ取れないが、そんな彼の失敗談はとても人間臭いものだった。お金も地位も十分にある状況から真逆の状況に落ちていったという、そんな凄惨な話も笑って話す彼はきっと失敗を糧にすることに成功したのだろう。

Adi氏(以下、Adi) 「当時私はビッグクライアントを持っていて、高級車を乗り回し好きなものを買い、好きなものを食べるという何不自由ない生活をしていました。しかし、私がそんな悠々自適なことをして過ごしている最中、裏では徐々に客・案件が減少の一途をたどっていたのです。恥ずかしいことに、私はその事実に社内コンサルタントに注意されるまで気づきもしなかったのです。結果、会社をたたむことになってしまいました。私はこの失敗からたくさんのことを学ぶことができました。それを今日はみなさんにシェアしようと思います。
まず、第一に自分が携わっているマーケットを完全に知ること。第二に、製品のスーパーマーケットにならず、特化させること(なんでもやりすぎないこと)。第三に、成功パターンを見つけるまでは大胆に動かず、もし見つけても徐々に冷静に広げること。第四に、クライアントの声をしっかりと聞く様にすること。クライアントと正しい関係を保つことができれば、次のクライアントを自然と持ってきてくれます。第五に、会社が苦しいときは必ず従業員にそれを共有すること。これは勇気のいることですが、できれば社員との信頼関係強化のキッカケにもなりますし、黙っていると発覚後に大パニックを起こしてしまうので、沈黙は逆効果です。ちょっと多いですがまだ続きます。第六に、情熱は第三者を魅了する良い武器になるので大事にしましょう。お金儲けがしたくて何かを始めた場合、それは高い確率で早く終焉の時を迎えます。正しい情熱を持てれば”人を巻き込む”ことができ、案件が生まれ、お金が流れます。あなたの今持っている情熱を絶対に忘れないでください。」

来場者 「物凄く大規模な案件をまわし、お金を得ていたのに突然それを失ったということですが、その後はどうしたのでしょうか?」

Adi 「当時は、自分一人でなんとかしようとしたのが失敗でした。本当は『もうどうやっても無理なんだ。おしまいにしよう。』と正直に従業員へ伝えるべきだったと思います。その罪悪感との付き合いは何年にも及びました。その大きな失敗の後、私がやったことは他者に大声で自分の失敗を伝え、自分のエゴを認める努力をすることでした。今は失敗を成功の糧にできる様、その時体験したことを忘れずに、その時得た学びを今の仕事にどう活かせるかを考えています。2012年には5社目となる新しい会社を始めたのですが、とても楽しいですよ。」

FUCKUPNIGHTSは定期的に開催しており、ImpactHUBTokyoのイベントページでチェックできる 。

“失敗は成功よりもはるかに身近な存在”

失敗は成功よりもはるかに身近な存在として、昔から歴史の背中を押してきた何にも代え難い人類の財産である。

ただ、失敗も成功と同様にそれぞれのシチュエーションがあり、全てが全て、当人にとってベストなリスクヘッジ術としてあてはまるわけではない。しかし、完全に失敗例が当人のシチュエーションにあてはまらなくとも、「この先に存在する失敗の可能性を引き下げること=成功の確率を引き上げること」に直結するため、先人たちが体験してきた失敗の事例を活かし、「本来気づくことのできなかったであろう失敗に気づく」ことができる。つまり、気付かないうちに失敗しているという一番のリスクを回避することができるというメリットがあるのだ。

今一度、「失敗」の大切さを振り返ってみてはいかがだろうか。きっと、その財産とも言える失敗体験の数々は近い未来あなたの背中を支えてくれるだろう。

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