光が丘公園プレーパークで磨こう!大人になっても試される”あそび力”とは?(2/2)

光が丘公園プレーパークで磨こう!大人になっても試される”あそび力”とは?(2/2)

2015年7月17日
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我が家は東京都練馬区にある光が丘公園の近くにある。そしてそこにプレーパークがある。ほぼ毎週土日(基本は土日だが本当は金土日、時々、木金土日の場合もある)、近所の公園の一角を借りた子どもたちの夢の遊びの場。

至るところから”まりなー!”とか”やのちーん!”という元気な子ども達の声が聞こえる。親としては”大人を呼び捨てとは!!”と怒ってしまいそうだがまだ待ってほしい。勿論、我が子達もその中にいる。子ども達はプレーワーカー達(まりなー!とやのちーん!たちのこと)に”自分がやりたいこと”と”その為に何が必要か”を言う。プレーワーカー達は子ども達の小さなwillを否定しない。また、子どもたちの小さなwillを達成するためにアドバイスもする。ここではプレーワーカーと子どもたちは常に対等な関係なのだ。

光が丘公園プレーパークで磨こう!大人になっても試される”あそび力”とは?(1/2) | BOOSTAR より

なぜ”外遊び”なのか

  • 自分の子どもが”用意されていない遊び”を開発することを見る楽しみ。”あそび力”がつく
  • 大人が見ていないところで繰り広げられる”悪いこと”を見ないフリをする楽しみ
  • 帰宅後に子どもが体力を使い果たして寝てしまった時の満足感・達成感
  • 気持ちのよいフィジカルな疲労感(そしてビールが美味い)

上記だけではない。実はプレーパークは今まで”必死に子どもにしがみついていた親”にとって、改めて”自分の子どもとの距離を認識してもらう場”にもなっている。参加している他の保護者と子どもたちの距離を見てもらい、そして今まで”親 対 子ども”しかなかったところに改めて”親 対 他の保護者”というリレーションを生む。これにより保護者間の繋がりが強化され、より安心して自分の子どもを遊びに集中させることができるのだ。

“あそび力”とは

“用意されていない遊び”、つまり”アドリブ”とでも言うべきだろうか。子どもたちは先人(の子どもたち)の遊びを見て、真似て、そして新しい遊びを開発する…こういった一連のサイクル。何かに似ていないだろうか?そう、大人になって会社でやっていることと同じなのだ。日々浮かび上がる課題に対して行っている検証やトライ&エラー、解決するために行っていることと同じプロセスなのである。こういった経験を子どもの頃から積み重ねていくことで大人になったとき、”あの時に似た経験をしているな。”と思い出す。そして”多分、こうすれば解決できそう”と考え、行動できる。

自分の祖母が認知症になったとき、祖母が子ども帰りしていくという事を経験しているが、あの時、忘れられていた祖母の”あそび力”がどんどん戻ってくるのを感じた。祖母が子どもの頃に遊んだお手玉で遊んであげたりもした。”あそび力”は日々忙しくしていることでちょっとだけ忘れやすいスキルだと思う。失った体力を若かったあの頃のレベルにまで取り戻すことは恐らく不可能であろう。しかし、”あそび力”は決して衰えたり無くなったりはしないのだ。

“あそび力”を忘れてしまうとどうなるのだろうか?恐らくそれは人にとっては”ストレス”となり社会的に”不安”になる。行き着くところは所属する組織であったり、国や政府にまでそういった”不安”が蔓延してしまう原因もしくは源泉になってしまうのではないだろうか。

子どもを遊園地に連れて行くのも決して悪くない。しかし、そこには”あらかじめ用意された遊び”しかない場合が多い。子どもに与えたれた”あそび力”を制限する遊び方になってしまう。プレーパークを知っている我が家の子どもたちを頑張って遊園地に連れて行っても帰りの電車の中では必ずこう言うのだ。”遊園地凄く楽しかった!でも、プレーパークの方が楽しい!!”と…


“NPO法人 あそびっこネットワーク”について

光が丘公園プレーパークは”NPO法人あそびっこネットワーク”によって運営されている。

また、2015年4月5日より複数のNPO法人が集まってPLAY TANKという共同事業体を作り、練馬区からの委託を請けて”練馬区立 こどもの森”もスタートしている。

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